「楽園の鳥」+「夢見る水の王国」メモ

松永洋介が作成した、寮美千子の長編小説『楽園の鳥 ―カルカッタ幻想曲―』(講談社2004)と、その作中ファンタジー『夢見る水の王国』(上下、角川書店2009)についてのメモ。作中のガンジス神話は『天からおりてきた河 インド・ガンジス神話』として絵本化(山田博之・画、長崎出版2013)。

読売新聞夕刊「人物クローズアップ」に登場

  • 読売新聞夕刊の文化欄に人物紹介記事が載りました。
     鉱物や地質にまつわる無数のイメージが、詩のように歌のように、語りにのせてあふれ出す。自分の影に名前と記憶を奪われた少女が、たどり着いたのは外輪山に囲まれた不思議な島。そこでは海よりも地面の方が低く、伏流水が一夜にして砂漠を湖に変えてしまう……。
     「時間も空間も備えた、その世界のイメージが最初に降ってくる。そこに読者をいざなう地図として、物語を紡いでいる」。構想20年という長編ファンタジー小説夢見る水の王国』(角川書店、上下刊)がこのほど刊行され、地元の奈良や大阪、東京などで朗読会を開いている。
     会社勤めの傍ら1986年、童話作家としてデビューした。自然科学に詳しく、兵庫県西はりま天文台(同県佐用町)に備えられた大型望遠鏡の完成記念絵本や、日本で46年ぶりに皆既日食が観測されるのに合わせた「黒い太陽のおはなし 日食の科学と神話」(小学館)など、天文、地学関係の絵本も数多く手がける。
     子供のころ、休みごとに訪れた千葉の海岸で、妹と競って巻き貝を拾い集めた。数学的に非の打ち所のない見事ならせんが、海の中でひとりでに生成することの不思議さを思った。
     幼い心に刻まれたセンス・オブ・ワンダー。「宇宙を貫く物理法則を受けとめる現実的な強さと、例えば死んだ肉親が自分を守ってくれると信じられる心の豊かさと。矛盾する両方を重ねて受け入れられるくらい、人の心は懐が深い」。サイエンスとファンタジーのあわいを行く自らの世界観を、そう説明する。
     初めて大人を主人公にした長編小説『楽園の鳥 カルカッタ幻想曲』で2005年、泉鏡花文学賞を受けた。恋人を追ってアジア各地を放浪するヒロインをとりまく、悪夢のような人間模様。人間の愚かさ、豊かさをのみ込んで、なお混沌として流れゆくガンジス川……。ここでも水の気配は濃厚だ。
     受賞を機に、奈良市の旧市街にマンションを借りた。当初は二重生活のつもりだったが、「近所の人に野菜を頂いたり、催しに誘ってもらったり。よそ者を実に温かく受け入れてもらって」。生まれ育った関東を離れ、本格的に移り住んだ。
     『夢見る水の王国』では、少女が棚田に映る千の月と共に、彼我を結ぶ水路を流れて現実世界へと戻ってくる美しい場面がある。「東大寺のお水取りから発想しました。地下水路を通って霊的な水がやってくるイメージが、とてもすてきに思えて」
     来年の平城遷都1300年祭に合わせ、応援ソング「あおによし」「まんとくんのうた」の作詞も手がける。長年の夢だった作品を書き上げて、今は「とても自由な気分。奈良が舞台の青春ファンタジー、個性的な住民が巻き起こす不思議な話など、書いてみたい世界がいっぱいある」と、充実している。(西田朋子)人物クローズアップ 作家・寮美千子さん 科学と空想のあわいで(読売新聞、2009年8月13日)※写真あり

    取材場所は大阪・中崎町の「アラビク」でした。