「楽園の鳥」+「夢見る水の王国」メモ

松永洋介が作成した、寮美千子の長編小説『楽園の鳥 ―カルカッタ幻想曲―』(講談社2004)と、その作中ファンタジー『夢見る水の王国』(上下、角川書店2009)についてのメモ。作中のガンジス神話は『天からおりてきた河 インド・ガンジス神話』として絵本化(山田博之・画、長崎出版2013)。

『夢見る水の王国』産経新聞に書評掲載

  • 産経新聞の書評。
     新人オペラ歌手のマミコが海辺の小さな町を訪れます。少女時代、マミコは祖父さんと2人、ここにある別荘で暮らしていました。その縁で、新ホールのこけら落とし公演をすることになったのです。
     懐かしい別荘での一夜、マミコは不思議な夢を見ます。ひとりの少女が父王に捨てられ、泣き叫ぶ姿。彼女を守ろうとする謎の少年。いったい何? 翌日、コンサートは大成功しますが、そのことより気に掛かるのは、少女の記憶です。
     マミコの祖父は妻が亡くなった後、残された娘を育てる自信がなく、全寮制の学校に任せてしまいました。今度はその娘が、まるで自分を育てなかった代わりに、孫娘を育てなさいとでも言うかのように、マミコを祖父に預けたのでした。そして祖父は昔、子育ての喜びを放棄したのが、なんと愚かだったかを知ります。一見幸せそうに暮らす祖父と孫娘。しかし……。
     ここから物語はマミコをファンタジー空間へと連れて行きます。記憶を失ったまま彼女はミコとなり、彼女から分離したマコ(魔子)を追う旅が始まるのです。なぜ、マミコはミコとマコに分離してしまったのか? マコは何を探しているのか? ここは本当に別世界なのか? 失われた記憶と、この世界の関係は?
     謎は謎を生み、どんどん膨らんでいきます。導いてくれる魔法使いも、助けてくれる騎士も出てきません。読者はミコと一緒に、時にはマコと一緒に、この旅を続けていくしかないのです。
     謎解きがつまらなくなりますからヒントは「愛の記憶」とだけ言っておきましょう。
     様々な神話・伝説・昔話の断片や、想像力によって生まれた鮮やかなイメージが、これでもかこれでもかと押し寄せてきます。決して読者に親切な物語ではありませんので、転覆しないための舵(かじ)取りには、多少の腕が必要でしょう。ですから、シンプルな冒険ファンタジーを好みの人は手を出さない方がいいです。
     でももうすぐ夏休み。
     この急流を乗り切って、河口までたどり着けるか、挑戦してみる?
    ひこ・田中「謎が謎を生むファンタジー」(寮美千子夢見る水の王国』書評、産経新聞、2009年6月28日)※カラー書影あり
    なるほど、ひこ氏らしく、家族像にフォーカスした読み方。
    それにしても「シンプルな冒険ファンタジーを好みの人は手を出さない方がいい」というほど難しくないと思うんだけどなあ。