受賞報道にみる「楽園の鳥」/批評に期待
泉鏡花文学賞の受賞を報じた新聞記事(10月17日・18日の各紙ネット版)から、『楽園の鳥』がどんな作品であるかを読み取ることができる。
- 「リアリズムの基本を押さえ、自分の本当の魂を発見するという心の旅路を描いている」(選考委員会、北國新聞)
- 三十代半ばの女性童話作家がインドを巡る。人々の生活を綿密に描写しながら、自分の本当の魂を発見するという筋立て。(北國新聞)
- 「自分の本当の魂を発見する旅路がテーマ。アジアの人々の暮らしぶりの荒涼たる感覚がよく書かれている」(五木寛之、asahi.com)
……アジアの旅と土地を舞台に、現実感あふれる具体的描写を特長とする。
それから、
- 「哲学的な時間、空間を感じさせる。詩のような文体にほれ込んだ」(五木寛之、MSN毎日インタラクティブ)
- 「四次元の世界を感じさせ、詩情にあふれる小説」(泉名月、北國新聞)
- 「宇宙、歴史、時間を考えさせられた」(五木寛之、asahi.com)
- 「深い哲学性を感じる作品」(五木寛之、Yahoo!ニュース-共同通信)
……詩のような文体で、深い哲学性を感じさせる。
ふつう“リアリズムに則った綿密な生活描写”と“哲学的な世界を感じさせる詩のような文体”は両立しない。しかし『楽園の鳥』では、それらが奇跡的に統合されている。選考委員のコメントに矛盾はなく、的確な評価だ。この凄い文章が『楽園の鳥』の特長の第一。
具体的で明確な描写と、詩的・幻想的感覚を同時に表現することはアクロバティックと言えるが、文章そのものはきわめてオーソドックスで、難しい語彙も少なく、スムーズに読み進むことができる。
そして“深い哲学性”なるものは単に“上手い文章”から発するものではない。
さらに、
- 「定評ある方が受賞するケースが続いていたが、三十数年ぶりに初心に戻る野心的な発掘となった。金沢文芸館がオープンする金沢の新しい文芸ムーブメントに一石を投じることになる」(五木寛之、北國新聞)
- 「良い作品を選んでいただいた。ロマンの香り高い文学賞にふさわしい作品と聞いて」いる(山出保市長、北國新聞)
- 寮さんは、絵本、童話作家として活躍し、「楽園の鳥」は初めての本格的な大人向け小説。(MSN毎日インタラクティブ)
- これまでに地元推薦作品以外から選ばれたケースは、一九七五(昭和五十)年の森茉莉氏の「甘い蜜の部屋」、二〇〇二年の野坂昭如氏の「『文壇』およびそれに至る文業」がある。(北國新聞)
……いわゆる文壇では知られておらず、地元の推薦作品にも入っていなかったが、泉鏡花賞にふさわしい作品・作家として選考委員から高い評価を受けた。
北國新聞の記事に「選考委員会は(……)高く評価した」とある。この「高く評価」というのは、たとえば昨年の選評には出てこない文言だ。五木寛之氏の言葉も「野心的」「ほれ込んだ」など異例に強く、なにか意気込みのようなものを感じる。
というわけで、新聞に載った断片的な選評を見るだけで、この作品の異常さがいくらか伝わってくる。『楽園の鳥』の凄さを正面から捕まえて的確に評価した選考委員の体力とセンスに感謝したい。
去年アマゾンに投稿した書評で「『楽園の鳥』の衝撃は、統合された“旅行体験”の巨きさに由来する。あまりに巨きく深いため、批評によって全体像が描き出されるには、まだしばらく時間がかかるだろう」「職業評論家が現時点で何を書くか、見ものだ」と書いたのだが、これは空振りだった。実はこの一年、いわゆる文芸誌や新聞の文芸欄には、ちっとも書評が出なかったのだ。批評家が無視しているうちに、作家が評価して、大きな賞を出してしまった。批評家って何する仕事なの?
来月再来月あたりには、さすがに批評が出てきてもいいと思うんだけど。どうなるかなあ。